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なぜ私はデンマークに留学するのか──介護福祉士が抱いた違和感と、その先に見たいもの | たいちゃんの経験ブログ

なぜ私はデンマークに留学するのか──介護福祉士が抱いた違和感と、その先に見たいもの

デンマークへの出発まで、あと少し。

荷造りをして、保険を選んで、ビザの手続きをして。準備を進めているうちに、だんだん「行くこと」そのものが目的になってきているような気がして、少し立ち止まりたくなりました。

そもそも自分は、何のためにデンマークに行くんだったっけ。

出発前の今だからこそ、その理由をちゃんと言葉にしておきたいと思って、この記事を書いています。半分は自分のための整理ですが、もし同じように「何かしたいけど動けていない」と感じている人がいたら、少しでも参考になればうれしいです。

きっかけは、「このままでいいのか」という焦りだった

介護福祉士として働きはじめて、日々があっという間に過ぎていく感覚がありました。仕事は嫌いではないし、やりがいもある。でも、気づけば一年が終わっていて、自分は何か前に進めたんだろうかと考えることが増えました。

何か違うことをしたい。そう思うようになったとき、頭に浮かんだのが「留学」でした。

大学生の頃から、海外に行ってみたいという気持ちはずっとありました。ただ、当時は行動に移せないまま卒業して、社会人になってしまった。だからこそ今度は、思っただけで終わらせたくなかったんです。

もともと大学の先生がデンマークのある学校に行っていたことがあって、その話を聞いていたのもきっかけのひとつでした。私自身はその学校に行くことはできなかったのですが、そこから他の学校を調べていくうちに、デンマークという国そのものに惹かれていきました。


フォルケホイスコーレという場所に惹かれた

日本で福祉について学んでいく中で、だんだん「海外の福祉はどうなっているんだろう」と気になるようになっていました。制度も、文化も、人の考え方も、日本とはきっと違うはずだと。

そうして福祉国家として知られるデンマークを調べていたときに知ったのが、フォルケホイスコーレという教育機関の存在でした。

試験もなければ、単位も資格も出ない。それでも人が集まって、対話をして、共同生活をしながら学ぶ場所がある。その考え方自体が、私にはとても新鮮に映りました。

フォルケホイスコーレに惹かれた4つのポイント

  • 対話をとても大切にしていること
  • 人との交流を通して、自分自身を理解していくというスタンス
  • 共同生活の中で学ぶという形
  • 多様性が前提として組み込まれていること

その中でも、私が行くことに決めたエグモントホイスコーレは、障がいのある人もない人も一緒に学ぶ学校でした。みんなで協力し合って、助け合いながら何かに取り組む。その姿がとても魅力的に映ったんです。

インクルーシブ教育という言葉自体は日本でも聞きます。でも、それが実際にどんな空気の中で行われているのか、どんな雰囲気なのかは、資料を読むだけでは分からない。だから、肌で感じてみたいと思いました。

「障がいのあるなしに関わらず、みんなで協力し合って助け合いながら何かに取り組む」
——その一文を読んだとき、自分が知りたかったのはこれだったのかもしれない、と思いました。

現場で感じてきた、いくつかの違和感

福祉の仕事をしていると、どうしても引っかかることがいくつかありました。

障がいのある子どもと、その家族のこと

その子にかかりきりになって、自分のことができなくなってしまう。周りからは「特殊な状態」として見られて、普通ではない扱いを受ける。そういうイメージが、社会の中に確かにあると感じていました。

そして施設に入ったら、外に自由に行くこともできない。まるで隠されるようにして育てられているような雰囲気を感じることがありました。

高齢者施設のこと

高齢者についても同じです。施設に入ったら、なかなか外に出ることはできません。日々の業務が忙しすぎて、その人の幸せのための支援にまで手が回らない。施設が、入ったら亡くなるまでそこにいる場所になってしまっている。

本当に、施設に入ることがその人にとっていいことなんだろうか。家族にとっても、本人にとっても。
そう考えることが、何度もありました。

なぜ、先入観は生まれるんだろう

もうひとつ、ずっと気になっていることがあります。

障がいに対する差別や先入観は、どうして生まれるんだろう、ということです。

「普通ではない」という見方は、誰かが意図的に作ったものというより、社会の空気の中で自然に生まれてしまっているように思います。でも、それは本当に避けられないものなのか。それとも、制度や文化や、人との関わり方によって変わるものなのか。

もし、障がいのある人とない人が当たり前に同じ場所にいる社会なら、そもそも「特殊」という感覚は生まれないのかもしれない。
そういう仮説を、自分の目で確かめてみたいと思っています。

デンマークで学びたいこと、したいこと

デンマークで学びたいのは、福祉の制度そのものだけではありません。

その制度がどんな文化の中で成り立っているのか。人々がどんな考え方で、障がいのある人や高齢の人と関わっているのか。日本にいるだけでは感じ取れない、そういう肌感覚のようなものを知りたいと思っています。

そのために、体験することと学ぶことの両方を通して、自分の視野を広げたい。それが今回の留学でやりたいことです。

そして私が探したいのは、閉じこもるのではなく、もっといろいろな人と関わって、開かれた関係を作れる仕組みです。介護をする人も、される人も、みんなが幸せになれるような形。それが本当にあるのか、あるとしたらどうやって成り立っているのか。それを知りたいと思っています。


帰ってきたあと、どうありたいか

正直に言うと、帰国後にまた介護の現場に戻ることは、おそらくないと思っています。

ただ、これは現場が嫌だからではまったくありません。介護の現場で直接人と関わること自体は、すごく楽しいと感じています。もしかしたら、また介護を直接することもあるかもしれません。

現場での経験があったから、今の考え方ができるようになった。
そこは間違いなく、自分の土台になっています。

そのうえで、変えるべきなのは現場の頑張りではなく、その手前にある仕組みの方だと感じるようになりました。だから、仕組みそのものを変えていく側に回りたいと思っています。

それと並行して、発信も続けていきたい。このブログもそうですが、感じたことや見てきたことを言葉にして、日本の福祉のあり方に問いを投げられたらいいなと思っています。

以前は「独立したい」という気持ちが強くありました。今もその選択肢は持っていますが、最近は少し変わってきていて、独立という形そのものにはこだわらなくてもいいような気がしています。

まずは今あることに集中して、その結果として独立がいいと思ったらそうする。違う形でもいい。新しい福祉の形は、これからも模索していきたいと思っています。福祉はお金の問題とも切り離せないので、そこも含めて考えていきたいところです。


英語は「勉強」ではなく「コミュニケーション」だった

この一年、英語をかなり勉強してきました。アプリを使ったり、英会話に通ったり、英語で日記を書いたり。

ただ、英語学習そのものが目的だったわけではありません。あくまで、人とコミュニケーションを取るための手段でした。

そして、この考え方の違いは想像以上に大きかったと感じています。

勉強のための英語ではなく、コミュニケーションのための英語

そう思って取り組むと、楽しいし、続けやすいし、身にもなる。点数のためだけに単語を覚えるのとは、まったく違う感覚でした。

実際、国際交流の場やミートアップに行って、聞き取れないなりに会話をした日の方が、机に向かった日よりもずっと記憶に残っています。言いたいことが全部は言えなくても、なんとなく通じ合えた感覚があった。あの体験があるから、今も続けられているんだと思います。


おわりに

こうして書き出してみると、自分が何を気にしていて、何を知りたいのかが、思っていたよりはっきりしていることに気づきました。

入学できた際には、いろいろなことに挑戦したいと思っています。うまくいくことばかりではないと思うし、英語が聞き取れなくて落ち込む日もあるはずです。それでも、この半年間で見たこと感じたことは、きっと後から効いてくる気がしています。

現地での様子も、またこのブログに書いていきたいと思います。

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